キャバクラと嫌な女と担当と私とカッター

私は元はと言えば、地元秋田で夜の仕事をするつもりはなかった。身バレが怖いし、何よりとんでもない田舎なので稼げないとも思っていたのだ。


だがひょんな事から知人男性(こいつはメンズパブで働きつつキャバクラの黒服もやっていた)からスカウトされ、まずまずの好条件だったし何よりも高身長で顔も好みだったのであっさりとそれを承諾してしまった。後にその知人男性は今の私の担当となる。それが全ての間違いだった。


スカウトされた翌日。昼のバイト帰り、夜19時に近くのコンビニで待ち合わせをした。そいつはおよそ20分ほど遅れてやってきた。夜の繁華街に溶け込む黒いスーツ、黒光りするいかにも高そうな革靴、Paul Smithのオフィスバッグ、長い首に沿う襟足、綺麗な形の頬には赤く痣が出来ていた。


「はじめまして、タバコ買ってください。」

私は咄嗟にそう放っていた。初対面の強面の男にタバコを強請る図々しさは今思うとキャバクラで売れるには必須だったんだなぁとさえ思う。ただ無言で明るいコンビニから未知のビルに入るのがとてつもなく怖かった。痣のことはまだ触れないでおいた。


「何吸ってんの?赤マル?おれと一緒。」

そいつは何の気なしに店員に番号を言う。私はソフトで!ソフトでお願いします!と必死に店員に叫んだ。あいつはスーツのポケットからボックスの赤マルを取り出し、変な顔をしていた。それが最高に格好良かった。地獄か。


「あの、その痣どうしたんですか?痛そう。」

やっちまったと思ったがもう遅かった。そいつは自分の頬を利手で摩り、

「ああこれ。客にやられたんだ。馬乗りになって往復ビンタされたんだよ。こえーよなぁ。」

そいつはケラケラ笑いながらそう言った。状況が飲み込めず疑問しか残らなかったが、恐らくメンズパブに来店した女性客にやられたのだろう。相当酷い営業をしているのだと初対面のそいつに不信感が募った。


じゃあそろそろ行くかとコンビニを出て、すぐ隣のビルへと入った。カツカツと軽快に革靴を鳴らしながらガチャンと重い音を立ててドアを開けた。店内はオーロラのような照明が大理石の床に反射し、酒と香水の匂いが充満したホールを着飾るように、または威嚇するように、ビカビカと光っていた。


待機所には女が数名いた。彼女らははしゃぐこともなく新人?と尋ねてきやがった。その無関心そうな目が気に食わず、はァそうですけどもと適当に遇い、用意された安臭いドレスのチャックを開け、転がっていた適当なキャバヒールに足を通した。


体験入店だったのだがシャンパンを開けることに成功し、その日から私は晴れて売れっ子となった。ものの1ヶ月弱で3位となり、周りの女達からは反感を買った。それが心地よく、天職だと高を括っていた。あの野郎もそれを喜んでいた。その時はそれで良かった。


徐々に私は帰宅するのが遅くなっていた。あのゲス男と関係を持つようになっていたのだ。


私はハードワークの中毎日のように泥酔していた為、何が事の発端なのかはよく覚えていないのだが、その日を境におれの店来てみない?と誘われ、上機嫌だった私はそれに乗った。そこで私は絶望して数ヶ月ぶりにリストカットをするようになる。


その店は、メンズパブとは名ばかりで、女性のキャストも数人いた。幸か不幸か女性キャスト達はほぼ全員知り合いで、ボックス席に案内された私はふらつく足と痛む頭をヘパリーゼで誤魔化して何とか席に着いた。


数十秒で奴は私の向かいに座った。風俗店であるホストクラブとは違いメンズパブは飲食店の為、隣に座ることは出来ないと言った。そんな事はどうでも良くなった私はキャバヒールで疲れた足を踏み締めそいつの隣に座った。私は客なのだ。この場では何をしても金を払っているのだから許されるべき存在なのだ。嘗て痛客が放った妄言を反芻し、奴の薄い唇と自分の物を重ねた。


不幸な事に、そいつの彼女もその店でキャストとして働いていた。奴の頭越しに彼女と目が合ったが、目を逸らした途端私の負けのような気がして舐めるように彼女の顔を睨んだ。あんたは彼女だけれども、今ここで接吻しているのは私なのだと言わんばかりに酒で血走った目を向けた。クソ野郎はそれに気付き、おい馬鹿と言わんばかりに私に視線を向けた。丁度灰皿がいっぱいになった頃に私は帰ると金を投げ捨て外に出た。腹が立ったのだ。


風が煩い螺旋階段で再び接吻をした。今度は生温い唇の感触と背の高いそいつが屈む体制がよく見えた。同時に私の下腹部に硬直したそれが当たるのも確認した。優越感と性欲と酒が回る感覚にうっとりしていると後方から男性キャストの声が聞こえた。


「海斗さん通れませーん!」

だってぃ(26)。邪魔をするな良い所だろうが。そう思ったがそれを言ったら雰囲気が今度こそぶっ壊れるので私はだってぃにまた来るねと3位のキャバ嬢スマイルを投げかけ、タクシーに転がるように乗り込んだ。タクシーの中でオナニーしてやろうかと思うくらいには悶々としていた。それはあのゴミ野郎も同じだった。


その後も店が終わる度私達は性的な戯れをするようになった。フェラチオで終わる日もあれば、ホテルで猿の如く抱かれる日もあった。射精を済ませタバコに火を付けた彼は寂しそうな顔で私にある種の告白をした。彼女と2ヶ月も性交渉していないらしい。所謂セックスレスだった。私は18年間生きてきた中でも最高級の良い気分だった。初めてマリファナを吸った時よりも断然エクスタシーを感じた。


私は今もキャバクラを続け、メンズパブに通っています。これだけ大金を使っても彼女に勝つことはなく、あのクズの時給をあげることに成功してもそれは彼女との生活費に宛てられるのです。性行しているのは私の方なのに。なんちゃってヂュポ!それを慮り早朝6時の空を見上げると瞼の下から愛液と同じ色の汁がとめどなく溢れるのです。これはきっとセックスなのでしょう。なかなか来ないLINEを待ち、私は今日もカッターを鳴らすのです。


終わり(人生)